人付き合いに疲れてしまう人、目の前の現実から逃げてしまう人、原因はあなたの愛着スタイルかも知れませんよ

私が人付き合いを面倒だと感じ、疲れてしまうのは愛着スタイルに原因がありました。あなたが人付き合いに疲れてしまうのも、目の前の現実から逃げてしまうのも、愛着スタイルが原因かもしれません。

結婚率や出生率の低下は、主に経済問題の側面から論じられることが多いのだが、実際には、今よりはるかに貧しい、食うや食わずの時代でも、高い結婚率と出生率を維持してきた。飢餓ラインぎりぎりで暮らしていても、家庭を持ち、子供を作り続けてきたのである。

ところが、今では、多くの人が、自分一人で過ごす時間や自分のために使うお金を削ってまで、家族をもちたいとは思わなくなっている。

それは経済問題とは別のところに原因がある。そこには愛着が稀薄になり、回避型愛着が浸透していることが関わっている。我々の身には、人間から別の”種”へと分岐していると言えるほどの、生物学的変化が生じているのである。

これは非常に面白い視点です。結婚率の低下は、経済関連や制度の在り方や働き方などの側面からしか分析されていませんが、この本では「愛着スタイル」という側面から分析していこうというのです。

そういった視点から、人との関わりなしでは生きていけないこの世の中で、どうして人は人との関わりを避けるのかを、この本では「愛着スタイル」という視点で考えていきます。

そもそも「愛着スタイル」とは一体何なのでしょうか?この本で紹介されている一部を少しだけ見ていきましょう。

人との関係がいつも安定し、信頼関係が育まれ、親密な関係を楽しむことができる人がいる一方で、対人関係が不安定だったり、表面的だったり、関係ができにくかったり、できても長続きせず、親密な信頼関係が築かれにくい人もいる。こうした違いの根底にあるのが、愛着スタイルだと考えられている。

どうやら、私達の対人関係の在り方には「愛着スタイル」が深くかかわっているようです。

愛着スタイルは次のように分類されます。

愛着スタイルは、大きく安定型と不安定型に分けられ、不安定型は、さらに不安型と回避型に分けられる。不安型と回避型の両方が重なった、恐れ・回避型や愛着の傷を生々しく引きずる未解決型と呼ばれるタイプもある。

愛着システムがバランスよく機能している状態が安定型だとすると、不安型は、愛着システムが過剰に敏感になり、働き過ぎた状態だと言える。

一方、本書のテーマである回避型は、愛着システムの働きが抑えられ低下した状態である。

自身の愛着スタイルは巻末の「愛着スタイル診断テスト」を行うことで診断できます。書店での立ち読みや図書館で借りたりして、巻末の診断テストだけやってみるのも面白いと思います。

内容的には回避型の愛着スタイルに絞って取り上げられているので、回避型の愛着スタイルでなかった方はこちらの本がオススメかもしれません。今回紹介している本に比べて、よりまんべんなく愛着生涯について書かれています。

巻末の診断テストをしてみたところ、私はどうやら”恐れ・回避型”みたいです。

回避型愛着スタイルの最大の特徴は、他人との間に親密な関係を求めようとしないという点にある。回避型の人は、自分の心中を明かさず、相手が親しみや好意を示してきても、そっけない反応をしがちである。他人といっしょに過ごすことよりも、基本的に一人で何かすることの方が気楽に楽しめる。他人と過ごすことに全く興味がないわけではないし、その気になればできないことはないが、そこには苦痛と努力を伴うのである。

悲しいことにめちゃくちゃ当たってます・・・。私は自分の心の内を人にほとんど話しませんし、好意を見せられてもどういうわけかいつも素直に受け取ることができません。共同作業なんて大の苦手で、誰にも見られずひとりで何かをする方が確実にパフォーマンスは向上します。

その愛着スタイルを決定する要因は主に遺伝要因と環境要因の二つに分類されるのですが、遺伝要因よりも環境要因のほうが占める割合が多いことが分かっています。本書では四分の三が環境要因によって決定されると書かれてありました。

となると、私が回避型の愛着スタイルになってしまったのは、家庭環境や養育環境が主な要因であると言えるわけです。

「どういった環境で育てられると回避型の愛着スタイルになってしまう傾向があるのか」ということについて、100ページ以上を使って書かれてあるのですがめちゃくちゃ当たっているんです。どのような過去の出来事、養育環境、家族関係にあったかなど、ほとんどすべてにおいて当てはまっているんです。

そもそも、回避型の愛着スタイルにどのような問題があるのかというと、ひとことで言い表すと「その人の人生自体を困難にしてしまう」という問題があります。

どうやら、一昔前では数%しか存在しなかったはずの回避型が、ここ最近では数十%ほどにも増えてきているとのこと。ニートや引きこもりの増加も、最近に伴って増えてきているので、回避型の愛着スタイルを持つ人の人口増加は一種の社会現象であるとも言えます。

ちなみに、回避型を克服するための方法が後半に書かれてあるのですが、他人の力を借りたとしても最終的には、どれも自力で克服していくしかないようです

可能性を試すこと自体が、回避から一歩踏み出すことである。社会に出ることを回避したとしても、それはもっと大事なものに自分の可能性を賭けているという意味で、回避ではないからだ。社会のレールから脱落することであっても、むしろ自分自身の道を見いだすことになるだろう。

もっと具体的にいうと、皆から無視されるのではないか、冷たい目で見られるのではないか、また失敗して怒鳴られるのではないかといった不安に身がすくみ、立ち向かう勇気が奪われてしまう状況である。

<中略>

そういう場合に有効な方法は、一番恐れている状況を、勇気を出して思い描いてみることだ。

<中略>

こうした心理的な操作は、エクスポージャー(暴露療法)といって、不安や恐怖といった囚われを克服して、回避を突破する技法のひとつだ。

森田正馬が見出したように、症状を治そうとするのではなく、やらねばならないこと、やっていることに集中すること。それが、この悪循環を克服する極意なのである。

この本を読んでみて私が育ってきた環境要因を振り返ってみると、私は回避型愛着スタイルになるべくしてなったんだなと思ってしまいました。読んでいる途中、両親への怒りや憎しみがふつふつと湧いてきました。久しぶりに純粋に感じた感情でした。

そしてそれと同時に、物心ついた時点で人生という長い道のりを歩むうえで大きなハンデを背負っているんだとショックも受けました。でも、いまさら自分が苦しんでいるのを他人のせいにしても、なんら物事が前進していかないのは、悔しいけれど明白なことです。

向き合いたくないけど、向き合わないといけない問題、事実、現実。そんな大きな壁が私の前にいつも立ちはだかるんです。このまま親元にいれば自分が壊れてしまうと思って、去年の12月の頃、思い切って家を飛び出してきました。

私なりに立ちはだかる壁を壊そうとして、”私ならできる”という自分でも疑い半分な小さな信念の釘を片手に、毎日毎日少しずつ削っています。いつかヒビが入ってくれないかと思いながら毎日少しずつ削っています。

貯金もほとんどなくなり、このままでは生活が成り立たなくなることも分かっています。ですが、”可能性を試すこと自体が、回避から一歩踏み出すことである”と述べられているように、今こうやって社会のレールから脱落して自分の道を突き進んでいること自体が、「回避から抜け出すための歩み」なのかもしれません。

お金が無くなってしまって住むところがなくなったとしてもどうにかなると信じて、このまま自分の思った通りに歩み続けてみようと思います。

病気から回復して間もないころに読んだので、読むのに非常に頭を使いましたが、アイデンティティの形成を助けてくれる一冊だと断言できます。私と同じような状況に置かれている人も少なからずいるはずです。そういった方にできれば読んでほしい一冊です。

愛着スタイルという観点から、自分を客観視させてくれる良書でした。

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コメント

  1. 私も回避型 より:

    とても興味深い内容です。ぜひ読んでみます!よわはださんの歩き出した道とてもいいですね♪応援してます!

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