遊びと仕事の一体化。「自分とは何か?」という問いから「働くとは何か」「人生とは何か」を考えてみる

どうも、人生諦めてる系男子のよわはだです。

この記事はゲーム攻略記事とは関係ありません。興味がある方だけ読んでいただければと思います。

このブログのタイトルは「それって、人生をこじらせてるだけじゃね?」ですが、ゲーム攻略記事ばかり書いていて、人生をこじらせてる感のある記事が全くないことにとあるコメントによって気付かされました。

ということで、今回は私の人生をこじらせてる感を出すためにそれっぽいことを書いていきたいと思います。

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「自分とは何か?」という問いから「人生」、そして「働く」というところまで考えてみる

今日の記事は私がつい最近までよく考えていた「自分とは何か」という問いについて考えてみます。そしてそこから「人生」「働く」ということについて考えてみたいと思います。

今では自分なりの考えを見つけ出せていますが、この問いは小学生低学年の頃から暇があれば私に答えを求めてきました。そして大学を卒業する時になっても答えは見つからず、あやふやなまま就職し、たった半年で心の病に倒れて仕事を辞め、9か月前に自分の道を歩み始めたつい最近まで見つけ出すことができませんでした。

「自分」って一体何なんだろう?

「一体全体、今ここに生きている自分って何なんだろう?誰なんだろう?」と時々思うことがあります。

「自分とは誰ですか?」と誰かに尋ねると、その人はこう答えるでしょう。

「○年○組の△△です。」

また、ある人はこう答えるでしょう。

「□□社に努めている▲▲です。」

ですが、これが”自分”を捉えていないことは明白です。もし同姓同名がいた場合、どちらがその人なのかが分からないからです。ということは、これでは”自分”の説明としては不十分なんですよね。

そんなことを言うと、「ここにあるこの体が自分である」と答える人もいます。ですが、「この体が自分」と考えている”自分”はいったい何なのでしょうか。

そう考えると、体が自分と答えるのはいささか間違っているようにも思えます。

「脳が自分だ!」と、とある時私は思いました。物事は脳で処理するし、考え事をしているのも脳だからです。しかし、「脳が自分だ!」と考えている”自分”はどこにいるんでしょう。そして、「考えている自分」を考えている自分はどこにいるんでしょうか。

結局、”自分”を追い求めると、「自分を追い求める自分を追い求めてる自分」という堂々巡りになってしまうんです。私は”自分”を見つけることができませんでした。

自分の存在価値から人の存在価値を考えてみる

”自分”が見つからないので、私は少し視点を変えて、存在価値から自分をとらえてみることにしました。

おそらく、ある程度物心が付いた人なら誰でも一度は思ったことがあるはずです。「一体自分はこの世界にどれくらいの影響を与えているのだろう?どれくらいの存在価値があるのだろう?」と。

私は考えてみました。こういう時は他の人と比較して物事を考えるとスムーズに事が進みます。

偉人、大統領、総理大臣、発明家、スポーツ選手、研究者、、、、。いろんな人と比較してみましたが、そういった人たちと比較すると私の存在価値はゴミクズみたいなことに気付かされます。ですが、あるとき「そもそも人が存在することに価値があるのか」とふと思ったんです。

今までは”人”というある種の固定された視点で物事を考えていましたが、地球規模や宇宙規模で考えると、人類、そして自分が存在する価値なんて、偉人たちと比較した自分の存在価値同様にこれっぽちもないことに気が付いたんです。

価値がないことからくる虚しさ

自分だけではなく、地球上に生きるすべての人々の存在価値が皆無だと気が付いた瞬間、私は途方もない虚無感に襲われてしまいました。すごく無気力になってしまったんですね。

おそらく、ほとんどの人は中学生や高校生のうちに気付くであろうこの事実に、恥ずかしながら私は就活で内定をもらって卒論を書いているときくらいに初めて気が付いたんです。

なんとか卒論を書き終え無事に卒業し、就職して働き始めたんですが、仕事が予想以上に面白くありませんでした。

そりゃあ、虚無感と無気力感でいっぱいなら何をやっても面白くないわけですけれど。今思えば大学4年生くらいの時から何をやっても心から楽しくありませんでした。なんだか感覚にぬるったい膜が張られているような感覚です。ただあるのは「しなければいけない」という義務感ばかりでした。あの時は楽しむことさえ義務感を感じていたように思います。

仕事が楽しくないので苦痛の毎日でした。「あと40年間以上も仕事場と自宅の行ったり来たりか」と思うと、この世にはなにも楽しいことがないんじゃないかと本当に思ってしまったくらいです。

そうこうしているうちに心の病に倒れ、ある日布団から起き上がれなくなり退職することになってしまいました。

退職して病状も少し落ち着いてきてある程度物事が考えられるようになったときから、私は新たな疑問にぶち当たりました。

人生って何だろう?

私がぶつかった疑問は「人生って何だろう?生きるって何だろう?」という疑問です。この疑問に対しての答えは悲しいことにすぐに見つかってしまいました。上述したとおり、地球規模や宇宙規模で考えると私を含め生きている人々は存在する価値がないのだから、私の人生に価値などないのです。

後で知ったんですが、こういう考え方を「悲観主義者(ペシミスト)」というそうです。どうやら私は根っからのペシミストだったようです。

私の人生に価値がないのだからいっそのこと死んでしまおうとも考えましたが、私に死ぬ勇気などありませんでした。それから私は目に映る人々を、フィルターを通してみるようになりました。「どうせ死ぬのになんであんなに頑張ってるんだろう」と。

「どうせ死ぬなら何をやっても無意味じゃないのか」という根っからのペシミストが出した答えは、ペシミストをペシミストたらしめる非常に厄介な足かせとなってしまいました。

それから何か月も病状はよくならず、ずっとふさぎ込んだままの日々が続きます。しかし、ある日目が覚めたとき、はっとしたんです。「どうせ死ぬなら何をやっても無意味」ならば「どうせ死ぬなら何をやってもいい」と思えるようになったんです。

それなら自分のやってみたいこと好きなことを思いついたものからやってみる日々が続きました。楽器、ベース、投資、勉強、読書、ブログ。とにかく思いついたものを片っ端からやっていきました。

その時、いつもなら「それをやって意味があるのか」と考えていましたが、そんなことはどうでもよかったです。なぜなら、私が存在している意味なんかないからです。だから何をやっても意味がない。それなら意味を考える必要がないことに気付いたんですよね。

でも、楽しかったんです。めちゃくちゃ楽しかったんです。意味のないことがめちゃくちゃ楽しいんです。この時になって私は「人生は意味のないことを楽しむもの」だと自分なりの答えを見つけることができました。

私は「どうせ死ぬなら何をやっても無意味」というペシミスト的思考から「どうせ死ぬなら何をやってもいい」というオプティミスト(楽観主義者)的思考にいたり、「人生は死ぬまで好きなことを好きなだけやって楽しむための暇つぶし」なんだと答えづけたんです。

いうなれば、ペシミストを包括したオプティミスト。これが人生を楽しむカギなんじゃないかと思うんです。

働くとは何だろう?

とはいっても、好きなことを好きなだけやってるだけでは生活できません。働かないとお金は入ってきませんからね。前職のこともあって私は「働くのは辛いから働きたくない」と考えていました。働いて生活するためにはまずはこの思考回路を変えなければいけません。

そこで、「働くとはいったい何なのか」を自分の頭で考えることにしました。最初に思いついたのは、「働くとは仕事をしてその仕事の対価としてお金をもらうこと」ということです。ですが、これだと働くのは辛いというイメージを払しょくできそうにはありません。

次は視点を変えて、「そもそも何に対してお金をもらっているのか」について考えることにしてみました。もちろん行った仕事に対してお金が支払われるのですが、仕事とは一体何なのでしょうか。

例えば、水道局の人だと皆さんの自宅に安全な水を安定供給するのが仕事です。他にも、農家の人ならば、皆さんが食べる野菜を作るのが仕事、プロ野球選手の人ならば、人々を楽しませるのが仕事。その対価としてお金をもらっているわけです。

帰納法的な考え方をしていけば、「仕事とは誰かのために何かをすること」だと言うことが分かります。じゃあ、自分の好きなことが誰かのためになればそれは働いているといっても過言ではないわけです。

そこで自分のやってきた好きなことの中で誰かのためになるものを探してみると、一つあったんです。ひとつだけ人のためになるレベルのものがありました。

それは今まさに書いているブログです。文章を書くのはあまり得意ではないですが、私の書いたことを誰かに読んでもらって、それが人の役に立つならそれはもう十分”仕事”なんじゃないかと。

そういう結論に至ってからブログを毎日書いています。私はその対価として広告収入などを少額ですがもらっているわけです。ブログで稼ぐなんてイメージとしてはすごく楽をしていて卑しい感じがしていましたが、こう考えると仕事と胸を張って言えます。

そしてこの記事も、同じようなことで困っている、そして悩んでいる人たちの助けに少しでもなればと思って書いています。それから、私自身のことも少しだけ知ってほしくて書いたというのもあります。

まとめ:遊びと仕事の一体化

今回の記事では、「自分とは何か?」という問いから「人生」「働く」ということについて私が考えてきたことについて書いてみました。

結局、人生は楽しいことを満足するまでするのが一番です。そして、好きなことを思いっきりやってそれが誰かのためになれば、それは胸を張って仕事と言えるんです。それを仕事だと認めてくれない人は、「辛い仕事がんばっている自分」を否定されたくないだけなのでしょう。

私自身、現在ゲーム攻略記事や実況動画をメインとしてブログを書いていますが、はっきり言ってめちゃくちゃ楽しんでいます。毎日が遊び感覚です。私のやっていることを仕事といってもいいのなら、すでに遊びと仕事の境目はほとんどありません。

みなさんも、今の仕事が辛いのなら、周囲の目を気にせず社会のレールから思い切って飛び降りて好きなことだけしてみるといいですよ。どうせ人生は死ぬまでの暇つぶしでしかないんですから。

確かに、飛び降りてしまえば「安定」という言葉とは無縁の生活を送ることになるかもしれません。ですが、そもそも安定とは何でしょう。

5年前、10年前に景気の良かった企業も、ふと気が付けば業績低迷、リストラ、最悪潰れたりなんかしています。終身雇用なんて現在では死後になりつつあります。正社員で働き続けることが安定とはもう言えない時代です。そんな安定なんてただのかりそめの姿でしかないと思うんです。

少し長くなってしまいましたがこの記事はこの辺で。

今日も人生を楽しんでいこう。

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コメント

  1. 匿名イカさん より:

    実況動画からこちらのブログの事を知って最初の記事から読み始めています。
    私にとっていきなりヘビーな内容でしたが、読み進めるうちに心の中からぶわっと溢れてくるものがありました。
    この世に生まれてきたこと自体に存在価値があったはずなのに、成長するなかで様々な価値観の中で生きてきて、そこから色んな付加価値を付けてしまって、私は本来の自分を自分の中に閉じ込めてしまいました。
    そんな本来の自分を取り戻すために、様々な価値観から飛び出して付加価値を取り除こうとしていますが、自分の中で本来の自分と付加価値を付けた自分とが日々戦っています。
    徐々にですが本来の自分が勝率を上げてきていて、本来の自分でいられる事に楽しく感じられるようになってきました!
    私にとって「自分とは何か?」は永遠のテーマのように感じていたので、この記事を読んで改めて気づきがあってよかったです。

  2. self-reference engine より:

    人生楽しむの大いに結構です。人生で何をしたいか、どうしたいかは人それぞれですから。ただ、私は逆転の発想で、死ぬ間際に「ああ、私の人生十分満足だった」と自分に対して心の底から言えるように生きるのが私つまり「自分」にとって価値ある人生であるような気がしています。もちろん、自分にとって価値ある人生、かどうかはモノの見方で人それぞれでいいと思っています。同じような考えを押し付ける気は毛頭ないですが、私の言葉があなたの人生に多少なりとも(良くても悪くても)影響があれば幸いです。長々失礼しました。

  3. self-reference engine より:

    まず存在価値ですが、これは対象(と規模)に依存します。私にとっては価値が皆無でも他の誰か(あるモノ)にとっては(多かれ少なかれ)価値がある可能性はゼロではありません。またある程度の人口があなたの周りで維持されていることも「あなた」にとっては価値あることのはずです。例えば、数十人程度の人口の島では今と同じ経済状態を維持することもインターネットを使ってブログを書くこともできないかもしれません。地球規模で考えれば、ある程度の生態系が維持されていることも、環境が維持されていることも、「あなた」にとって価値があるはずです。逆に言えばあなた一人がいなくても世界は回り続けますがあなたを含めて数十億人規模の人口が突如いなくなったら世界は今日と同じようには回りません。逆に言えばあなたを含めて多くの人があなたの回りで各々生活して生きていることはすなわちお互いに(多かれ少なかれ)価値ある行動であるわけです。個人の視点(自分の視点)で「人生」を見ているとこういったことが見えないかもしれません。他にももちろんいろいろなモノの見方、依存性によって「存在価値」は変わります。

  4. tyoi より:

    onryoneでnumberoneそれが自分ケチェラッチョケチェラッチョyoyo!

  5. 名無し より:

    最近似た様なことで悩んでおり、自己啓発本を数冊読みましたが、どの本よりも
    よわはださんの考え方のほうがしっくりきました。
    本を出せるぐらい成功している人より、普通の一般人に近いであろう
    よわはださんとのほうが共有できる部分は多いですもんね。
    これこそあなたの存在意義なのかもしれません。
    これからもブログ読ませていただきます。

  6. どんと より:

    能力がある者には、それを正しく行使する義務がある。
    能力ってのは、なかなか自分では分からないもの。気づけないもの。間違って勘違いしてとんでもない方向に行く人が多数居る中、ほんのひと握りだけ、自分の能力とマッチした事をできる方が居られます。
    よわはださんは、今、そこにいます!類稀ない義務なのですよ!!
    応援しておりまーす♪

  7. わたぼう より:

    すぷらとぅーん記事をいつも拝見していましたが、このテーマを読んでいっきにブログのイメージ変わりましたね^^ 文章のまとめ方や読みやすさが好きなので引き続き楽しみにしてます。(通勤時間に読むことが多いので個人的にはイヤフォンや通信容量が必要な動画よりも記事の方がすきです)

  8. 僕のイカちゃん より:

    よわはださんのブログは分かりやすくていつも参考にしています。
    いい仕事していると思います。
    これからも頑張ってください!陰ながら応援しています。

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