今の自分になってしまったのを環境のせいにしても良いけど、重要なのは「これからどうするか」

恥ずかしい話ですが、私は両親との仲が非常に悪いです。

心の病になってしまい仕事を辞め、今苦しい状況に置かれているのは、こういう自分に育て上げてきた両親のせいだとさえ思っています。

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「こうなってしまった」を環境のせいにしても良い

地球と仲間2

今の自分に満足していない人は大勢いるはず。大抵の人は「こうなってしまったのは環境のせいだ」と言います。経験上の話ですが、客観的に見てみても環境が原因の多くをを占めているパターンが非常に多いです。

とかいう私もそのうちの一人です。私の場合、俗にいう「機能不全家庭」という環境で育ってきたので、人間関係もうまくいかず、心の病にかかり仕事もやめてしまいました。

よく、「環境のせいにしてはいけない」っていう人が居るんですけれど、私は別に環境のせいにしても良いと思っています。

「環境のせいにしてはいけない」という言葉って「生きてるだけで幸せって思いなさい」みたいなのと同じように、我慢が美徳みたいな日本人特有の考え方がにじみ出ていると思います。

私が思うに、人間ってそんなに我慢ばかりして生きられるほどしっかりとはできていません。原因を自分にばかり帰結させていては、頑張れるものも頑張れなくなってしまいます。

そういった意味でも、今の自分になってしまったことを環境のせいにしても良いと思うんですよね。

私はこうなってしまった自分を家庭環境のせいにしている

私の過去を少しばかり話したいと思います。この辺は少し話題がそれるので、次の大きな見出しまで飛ばしてもかまいません。読んでいて心地よくない話です。

人を信頼できない私の形成

私は物心ついたときから、母親がこぼす愚痴ばかりを聞かされ続けました。

母親が口を開けば、父親の悪口、私の祖母(姑)の悪口、義兄弟の悪口、近所の人の悪口、私がよく遊ぶ友達に対する悪口、そんな負の感情が込められた言葉がいつも私の鼓膜をつついていました。

私は幼稚園の年長組ぐらいからそんな言葉を聞いていたので、その話を鵜呑みにしてしまうわけです。母親が誰かの悪口を言えば、純粋に「その人は悪い人なんだ」と思ってしまうわけです。

だから父親のことは小さいころからずっと悪い人だと思っていました。そういうわけか父と母がケンカしたときなんかは、父親が悪いという先入観がありました。

そもそも、父と母が仲良く会話していた記憶なんてありませんし、話す言葉は必ずケンカ腰ですぐにケンカが始まります。食卓では主菜の唐揚げや酢豚、時には副菜のサラダが飛び交っていました。

他にもたくさん書きたいことはたくさんありますが、母親の悪口や、父親の育児無関心、父親と母親のケンカ・怒鳴り合いなど、こういった機能不全な家庭で過ごしてきたわけですから、小さくて純粋な心を持つべき年齢のときから、私は他人のことを信用・信頼できませんでした。

人を信じられないから人間関係がうまくいかなかった

そうなってくると、次第に人間関係がうまくいかなくなります。相手からしてみればいつも疑ってこられて非常に煩わしいわけですからね。

小学5年生くらいの時から学校生活での友人関係に少し違和感を覚え始め、小学6年生の時にはそれがいじめだということを自覚しました。

それは中学に進学しても続き、結局中学3年間もいじめられ続けました。無視されるのはもちろんですが、靴を山に捨てられたり、休み時間にいたずらされたり、部活でのグループ練習を嫌がられたりなど、学校での居場所がほとんどありませんでした。

この生活に耐えられなくなって泣きながら帰ったとき、親に理由を問いただされ、恥ずかしさと悔しさをこらえていじめられていることを話したことがありました。

ですが、特に慰めのことばもなく、最終的に返ってきたことばは「いじめられる方にも原因がある」というきつい言葉でした。

母親なりに私に気づかれないように動いてくれていたのを聞いたのは大学生のころでしたが、当時の私には母親が口にしたそのきつい言葉がすべてだったので、中学生の私は母親のことさえも信頼できなくなりました。

たしかに今思えば、私にもいじめられる原因はあったとは思います。ですが、それは人のことを疑ってかかっていたからです。

人のことを疑ってかかってしまうのも、小さいころから聞かされてきた母親がこぼす悪口が原因です。

高校生にもなると、進学先がばらけるのでいじめはなくなりましたが、重要な思春期の時に人との会話をほとんどせずに過ごしたので、会話すること自体が結構苦で、高校でも話せる人は指折り数えるくらいでした。

大学生の頃になると、高校のリハビリもあったのかある程度は喋れるようになりました。ですが、もちろん人付き合いはうまくいきません。なんせ人を信頼できませんし、言葉もトゲのあるものが多かったですからね。

育ってきた環境への違和感に初めて気が付く

それでも、人とコミュニケーションしていくうちに、なんとか会話についていけるようになりました。それと同時に、自分の家庭が普通の家庭に比べておかしいということにも気づき始めました。

そして、なんとか新卒で就職することができましたが、社会人になるとまた会話に一気についていけなくなり、怒鳴られて育ったせいか年上の人が怖くてコミュニケーションがうまく取れず、次第に仕事も苦になり気が付けば病気になっていしました。

この頃になって「こうなってしまったのは家庭環境のせいだ」と、自分の育ってきた環境を心から憎むようになりました。それと同時にそんな環境を作った両親を恨むようになりました。

ですが、両親もそういう家庭環境しか気づけないような環境で育ってきてしまったのも事実で、両親も被害者といえば被害者なのです。

しかし、私はいまだに両親を許すことができません。だから経済的に厳しくても、親と離れて生活をしています。

これが自分が前へ進むための最初のステップだと思ったからです。自分の中で両親を許すのはもっと先のステップだと思うんです。

重要なのは「じゃあ、これからどうするか」

書いているうちに話がだいぶんそれてしまいました。

とりあえずこんな感じで今の私が形成されていったわけですが、小さいころは自分で環境を変える経済力もそれに伴う行動力もないので、どうしても環境に左右されがちです。

ですが、その環境で今の自分が形成されてしまったとしても、重要なのは「じゃぁ、これからどうするか」ということです。

環境のせいにすると心にスペースが生まれる

環境のせいにするだけでは、なにも実らないのは明白です。

過去が今を作ったように今が未来を作っていくので、どうにかしないと一生このままの自分で終わってしまいます。

環境を変えられない幼少期、思春期に形成された自分のままなんです。

ですが、環境のせいにすることによって心に余裕というスペースが生み出されるのも事実です。その余裕を有効に使うことさえできれば、私は今の自分になってしまったのを環境のせいにしてしまっても良いと思っているんです。

環境のせいにした後は「これからどうするか」を考える

環境のせいにして心にゆとりが持てたのであれば、考えるのは「これからどうするか」です。最近になってこのことにやっと気が付けました。

「夫婦関係がうまくいかないのは夫が優しくしてくれないから」

「僕には才能がないから何をやっても駄目だ」

「上司が無能すぎて辛い」

「ゆとり世代の新入社員は使い物にならない」

環境のせいにしても良いけれど、「じゃあ、これからどうするか」をひたすら考えていくしかありません。

私の場合であれば、心の病に倒れ仕事を辞めてしまい、なにも楽しめなくなってしまったので、とりあえず何かを楽しむことから始めてみることにしました。

次第に、活動できる量は増え、やりたいこともたくさん出てきました。ですが、やりたいことが増えてくる反面、経済的に追いつかない面も出てきました。

大学の資金はすべて奨学金で賄ったので、奨学金返済もしなければいけませんし、活動に投資できる金額は本当に限られています。

ですが、これに関しても「これからどうするか」をひたすら考えていくしかありません。

人によって答えは違うので、ネットで検索してもありきたりな答えしか返ってきません。時には人に相談するのもいいでしょうが、やはり最終的には自分の頭で考える他ありません。

未来の自分を作るのは今の自分しかいません。環境に足を引っ張られる場面も幾度とあるはずですが、「これからどうするか」を考えるのはなりたい自分になるための第一歩なんじゃないでしょうか。

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コメント

  1. mikmik より:

    全くほぼ同じ環境で、まさにわたしも同じ状況になっています。ちなみに1人っ子ですか?もともとポジティブだったつもりが、自分でも信じられないくらい今は考える事が悲観的です。毎日寝る前に、その日の反省をするという文をよんで、ハッとしました。
    全くわたしも同じだからです。あとあと疲れる習慣ですよね。いまこの年で生きづらさを、感じてます。

  2. ゆきの より:

    はじめまして!
    いつもステキな動画ありがとうございます!

    最近このblogを知り、よわはださんがとても大変な経験をされてたことに驚きました。
    私もとても辛い時期があり、読めば読むほど涙が出て…。
    よわはださんホントに辛かったですね!
    でも今はこうして楽しそうに過ごされている姿に安心しました。
    そして自分に真摯に向き合う姿勢に、惚れてしまいました(笑)

    私も沢山の自己啓発、スピリチュアルの本を読み漁ってきて、よわはださんと同じ思いで過ごしてます。
    人生は辛いものだ! から 人生はラクで楽しいものだ! にかわりました。
    自分が世界の中心で、世界は私が創っているといつも認識してます。
    なんだかナルシストみたいですが、自分の気分や願ったことがそのまま自分が見る世界になることをとても今は実感しています。
    まだまだ途中段階ですが、自分の思いがブレない自信(信頼)があり、毎日が試行錯誤の連続で楽しくホントに自分を生きてる実感があります。
    世間の常識ではなく自分の判断で日々過ごすことが、これ程るんるんするとは!

    よわはださんの動画で辛口なコメントに皆さんが反応されてますが、私もその一人でした。
    でも今ではこのコメントが好きでわざわざ見に行きます(笑)
    ついつい他人のせいにしてしまうこと良くありますよね?
    それを表に出すのは良くないみたいな風潮がありますが、それを包み隠さず動画で配信されているよわはださんは正にヒーローです!
    弱い部分も大切で、それがちょっとしたアクセントになって人間らしい魅力のある自分を形作っているのだと思ってます。
    私も二人子供がいますので、しょっちゅうそんなことばかりでいつも自分を責めていじめていました。
    でも今は、そんな弱い自分を許せるようになり、素直に子供達に謝れるようになりました。
    弱い部分も自分なんだ! と思えるようになったのは、よわはださんの辛口コメントのおかげです!
    ステキな気づきをありがとうございます!
    よわはださんが母親を許せないとされてましたが、その許せない自分を良かったら許してあげて下さい。
    もういっそのこと一生母親は許さなくて良いと思います(笑)
    そしていつかこの事を本にして出版して下さい。
    きっと沢山のかたが勇気づけられると思います!

    これからもドシドシ楽しく、ちょっとアクセントのある動画を作ってください!
    変な替え歌(鼻歌?)とかいつも子供と爆笑して何度も見てます!
    子供達と一緒に楽しみに待ってます。

    長文失礼しました。

  3. 匿名 より:

    俺は目指すべきは今の自分から何かを変えるんじゃなくて、周りからの影響を受ける前の元々の状態に戻すことだと思います、実際自分はそうやって立て直しました、そのためには何事も、こういうものなのだという決めつけを全て捨てて自分の感じるままに、自分の感情に従うことです、世の中思っている以上に何も決まってません、そして何が正しいかなんてそんなのもないです、それが事実です、ただ多くの人が信じ込んでいることが常識だとされてばらまかれているだけ、そんなものに従うことになんの意味があるんでしょう、唯一正しいことがあるとすればそれは自分が感じている感覚です、生まれたときはそれに従うだけだったはずです、無駄な知識の刷り込みで反する行動をとるようになって心と体が一致しなくなる、つまり自分の体が自分の心の望みをかなえてくれなくなる、それは心にとっては相当の負担です、体が心を無視するのなら心の存在意義がなくなる訳だから、だから生まれたときのように心と体を繋げること、それこそが真の目的だと思います、誰の目も気にせず自分の感情に従うことです、常識なんて意識的に無視してればすぐにありもしないものだと気がつきますよ

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